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flower

 

この豆、なんていう名前なのか聞き忘れてしまった。
すごく綺麗な紫色。オレンジの花を合わせても綺麗だっただろうなと思っている。

 

きっとまた暑い日が戻ると思い込んでいたのに、季節はすっかり秋。
こんなに綺麗な空で過ごしやすい気候なのに、はやくニットが着たいなんて思い始めているから一年があっという間なのかもしれません。


 

先週、埼玉県立近代美術館での「日本の70年代 1968-1982」という展示の最終日だということを知って、観ないと後悔しそうだったので寄り道して観てきました。MOMASには2回目。

 

展示は予想よりボリュームがありました。

この時代の空気は以前から興味があるので、何度か触れる機会はありましたが、何故か入り込めない全く切り離された時代ように感じていました。

展示を見て思ったのは、受け手(発信者も?)頭で考えているより感覚的で、羨ましいくらいの熱量を放っている。「なぜ?」を「なぜ?」と聞けている。ロジックをねじ伏せるくらいの熱量。ロジックは後からついてくるとも感じるような。明らかに今の時代(私)とは違う。私はここに切り離された時代感を持っていたのかもしれない。でも滞ることのないように流すことができるパワーはこれから必要だと思ったし、そうでないと不健康とさえ感じている。この時代は受け取る、響いてくる位置(変な言葉でごめんなさい)が違うなと感じた。ヒントがあるかも。

 

なんて思いながら年代ごとの写真を追って見ていると最後の方は私が生まれた年で、ああ切り離されてなんてないんだよなぁ。と。

 

ちょっと急いでいたのもあって、じっくり観賞できたわけではないけれど、熱量と刺激、いただきました。展示室を出た後、吹き抜けのフロアから夜のジャズコンサートのリハーサルの音楽が聞こえてきて下を覗き込んだら、舟越保武さんの彫刻があった。(←上からみただけだけどあれはそう。)この瞬間ものすごく癒されました、私。それくらい刺激的な展示でした。

 

あと、黒川紀章さんの一人掛けのソファが展示してあって、とても素敵だった。Chloéのような表参道のモントークのようなソファ。

 

・・・ああ言語表現が乏しくて嫌になってきたのでこの辺で終わりにしよう。


 

 

小規模なのファクトリー&ショップの存在。

はたまた沢山の商品がある大きな企業のショップ。

 

私は両方好きだ。

 

小さいからできることがあって、大きいからできることがある。

大きいから強いのではなくて、小さいから弱いのではなくて

 

お互いの存在意味があって、それぞれの良さを「買う側」が使い分けている。

そうしないと存在できないのを知っている。

 

だから取り合いになることもなく、生まれたばかりの素敵な雰囲気をすぐに消費してしまうこともなく、それぞれの良さが共存できているような。

ゆっくりと変化していけるような。

「大は小をかねられない」が分かっている人たちが住む街に居たいなぁって思えた。

日本にはあるかしら。

 

 


 

もう5年程前に、写真家の望月孝さんと一緒に「ヌードデッサン会」を開催していたことがあります。素人玄人関係無しの大人の為の純粋な描く喜び会。
ここ最近はその会のことを懐かしく思っていたくらいでしたが、昨日?一昨日?急にデッサンしたい!って思いついたのです。(この会の話はまたゆっくり書きたいと思います)

 

このひらめき(?)をとどめておきたくてここに書く。

 

服についての考察は私の基になっているようで、グラフィックを生業としている今でも常々思考のどこかに存在していて、服飾を学んでいた当時の友人とその考察を共有しながら深夜まで飽きずに話したりしていて、私がNYCに来てる毎週末にもこちらでパターンナーをしている友人ともそんな話(それだけじゃないけど♡)をしています。彼女とは永い付き合いもあり共有できる感覚というのが少なからずあって、それを頼りに話し進めていた中で、わたしが憧れているものに「作ることができない服」というものが存在していることに気がつきました。
作ることは不可能であると察知した時、妙な絶望感とそれでもそれをつかみたいという気持ちの狭間で「デッサン」が浮かんできました。とどめる方法がそれしか思いつかなかったのかもしれません。私が作りたいともやもやしていたものは作ることが出来ないものだったんだな。
心のどこかで服で形作って伝えたいと思っていたことが崩れて目の前が眩しいです。ワクワク。目的を持って描く感覚は今までなかったので、新しい発見。どうして今まで気がつかなかったんだろう!

 

「ヌードデッサン」とはちょっと視点が違うかもしれないけれど、当時と同じ道具を使って今度は服を描きたいと思いました。日々がちょっと楽しくなりそう。




長らく仮アップ状態で更新をし続けていたこのサイト、ついに本番アップできるまでになりました。(長かった)このブログに関しては、気ままに更新をしながら立ち位置を調整していきたいと思います。(あ、タグで仕切ればいいのかな?)

 

今日はGAGOSIAN GALLERYにRichard Avedonの展示を観に行きました。チェルシー地区の端の倉庫街にギャラリーはあって、天井も高くて広さもあって、間仕切りも曲線を描くような不思議で贅沢な空間使い。

四方には大きなプリント。すべてモノクロの写真たち。四方の写真は向き合いながら対比しているようにも見えた。ゲイカップルのポートレートは「クスリ」と笑ってしまうくらい幸せそうで、そんな写真が並んだコンタクトプリントに赤いダーマトグラフでセレクトされた一枚の写真。ぱきっと焦点があたったその写真はその周りの写真とは少し違くて、笑って楽しそうなだけじゃない複雑な心境さえも写っているような。未だに少しぼーっとしてしまうくらいの展示でした。本当に観れてよかった。

 

このエリアはギャラリーが集まっていて、たまたま入ったGLADSTONE GALLERYでやっていた「もの派<Mono-ha>」の展示もぼーっとしていた私に心地よく響いた。横断歩道でクラクションならされて、ふらりと入ったスタバで「SUZUKA」が『SAZUKA』に間違われているあたりで現実世界に帰ってきたような気がしました。


 

「ジャン=ミシェル オトニエル:マイ ウェイ」を観に原美術館へ。

 

原美術館の良さは噂では予々聞いていたものの、初めて行くことができた。

 

休日ということもあり、来場者が多く、邸宅だった建物を改装した美術館は、見慣れている白くて四角い普段の美術館とは違い、新しいアトラクションのよう。
建物は外観や階段のなど洋風モダンな要素が素敵で、踊り場の小部屋や三階に続く階段などは今の家ではあまり見られないワクワクする造り。

 

作品はガラスでできた立体作品がメインで硫黄や樹脂を使った作品もあり、作者の男性こその寂しさ、不安、欲望、強さ。それを、造形美、フランスの血からくる色彩美で昇華して、子どもも楽しめるくらいファンタジックな世界。

 

熱で溶けて冷えて固まり、その美しさ、透明感の裏に儚さや危うさ脆さをもっているガラスという素材に行き着いたのはとっても自然な気がする。硫黄や樹脂の頃より吐き出せてる感じがした。

 

 

展示のタイトルでもある「マイウェイ」。周囲に左右されず自らの道を突き進み、心の内にあるメッセージを形創る…。あえて心に隠していることでかえって遠回りをしてしまうことがあるのではなかろうか、という考えの答えが用意されていたような気がします。そして形作るそのエネルギーに感動しました。

 

体験型の作品を見たあと、庭に面したカフェで美味しいヴァンショーを飲んで帰りました◎

 

また庭の芝生がキレイな色になるころ行きたいです。


牧野伊三夫
鴨井 岳

 

「今宵も酒場部」

 

 

お酒好きとしては思わず喉がなる本。大衆酒場の魅力がどろどろと伝わってくる。

 

連載ものだったようで、小気味良いテンポで各地(主に東京)の酒場が載っている。文章を書き慣れていないと書いていた牧野さんだけれど味のあるいい文章。

 

戦前から続くお店が戦争や時代で変化していく様や、それでも変わらない店の様子。様々な想いを抱えた人々をそっと寄りかからせながら後押ししてくれているような温かさがあって、ここのお店いってみたいなとなどと思いながら読んでる。まだ途中だけど、読み終えるのがもったいないくらい。

 

呑み始めのに何頼もうかな、って考えてる時のような心地よい感じ。

 

割烹じゃなくて大衆がやりたいんだと言っていた一言が妙に心に残っている。


風合いのあるコットンペーパー、
味のある手漉き紙。
クラシックでモダンな招待状、
ライナーのついた素敵な封筒…。

確かな伝統技術によるクオリティの高い高級紙から、手作業の温かみがあるローカルペーパーまで、日本の私が手に取ることができること。

それはヨーロッパから届いた高級紙なのか、
アジアのヤレ紙なのか。
アフリカの筆記具なのか
インドのプリントなのか。
ネパールの色彩感覚なのか。
はたまた日本の職人技なのか。

これからも世界の素敵と出会えますように。


年末に時間を確保したので、名刺と招待状サンプルを刷る為の準備中。
招待状のデザインも最終調整をしています。この間、友人に連れられて家の隣駅のエリアを探索してきました。
大きくなってから引っ越してきた土地ということもあり、東京と家の往復ばかりで近隣のことは全くと言っていいほど知りません。だから嬉しかった。連れて行ってもらった場所は製麺所の跡地を改装したアンティークショップ。
オーナー自らフランスに行って買い付けてきた家具や食器が並んでいます。
この日はオープンスタジオということもあり、展示中の作家さんの制作風景を見ることができました。

空間デザインを学んでいたというだけあって、商品を買ってもらう為だけに置かれているのではなくて、建物の外観、ドアを開けてからの店内、そして商品は物語のようにそこに佇んでいました。

見えやすく、手に取りやすく、分かりやすくではないけれど、それらよりも解ることができる。 全てにおいて私が呼応するところはこういうところだと思う。

素敵な場所を教えてもらった。


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